滋賀県近江八幡市の歴史と結びつきが深いスポット3選
豊臣秀次由来の八幡山城跡
近江八幡と繋がりが深い武将である豊臣秀次が居城としていたのは、八幡山城です。標高283mある山の頂上付近に建てられ、現代では石垣のみが残されている状態で、本丸跡には秀次由来の寺院があります。その周囲は木々に囲まれ石垣の間からも植物が生えているなど、人工と自然の調和が感じられる風情があります。山の麓からはロープウェイが延びていて、アクセスするのも簡単です。また城跡から掘り出された瓦や茶器が市立図書館に展示されているので、一緒に巡ってみるのも良いでしょう。
風情のある新町通りから八幡堀
近江八幡は日本でも指折りの商人である近江商人発祥の地で、江戸時代末期から明治時代にかけて栄えた街並みが状態良く残ります。およそ2kmに及ぶ新町通りに代表されるその地域は、国から伝統的建造物に指定されていて、木でできた塀や屋敷など現代とは異なる趣があります。そしてその街並みは八幡堀という水路とセットで楽しみましょう。戦国時代から流通面で発展に貢献し、観光地として復元されています。船着き場からは実際に舟に乗ることも可能で、また違った楽しみ方ができます。
壮大な石垣がある安土城跡
近江八幡には織田信長が建造した安土城があった場所でもあります。そして本能寺の変後に焼失してしまった安土城の、石垣だけが城跡として残っています。石垣だけといってもそのスケールは非常に大きく、長い階段であったり7階建ての天守を支えていた土台などが広い範囲で数百年前の姿のまま残っています。また高台に位置しているため、遥か遠くを一望することもできます。入山料を支払えば誰でも足を踏み入れることが可能で、歴史好きであればまず行っておかなければならない場所です。
織田信長や豊臣秀次など、戦国時代を代表する武将と結びつきがある近江八幡の名所は、滋賀だけでなく関西や日本を代表するスポットと言えるでしょう。さらに江戸から明治時代と、現代のルーツとも繋がりが深いのも特徴です。その他にもいくつも名所がありますが、自然や近代的な遊び場所ではなくほとんどが歴史に関するところなので、そのジャンルが好きな人に向いています。